こごみ堂ノオト☆vol.2 kogomidou.exblog.jp

ここちよいカラダ、ココロ、暮らし


by コゴミ
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なんか、やや宗教チックなタイトルですが。


ここのところ涼しいので、朝起きるのもラクになってきました。


かねてから、「やりたい!」というか「やったほうがよかろう?」というのが、
「朝のお掃除」。

仕事の前はもちろん、掃除をしてから施術場所や音楽、看板等のセッティングをしますが、
仕事が入っていない日は、時と場合による、という感じ。


以前、春日大社で巫子修行の体験をした折に、
朝起きてすぐに「お清め」の時間がありました。

「お清め」、すなわち、「お掃除」。

塵を除き、場を整える、
それが「清める」ことなんですね。


ということで、
朝起きて、窓を開け、布団を上げたら箒で部屋と台所・トイレを掃きます。
(掃除機よりは、箒!)
塵取りでゴミを集めるついでに、お風呂場もチェック。
それから、しまいこんでいたままだったお香を炊くところまでがワンセット。

煙って改めて見ると、なかなか面白い動きをします。
ただ上っていくのではなく、波や渦をつくったり。
日によって煙の流れが違うのも、「空気を読む」ようで面白いです。


これを起きた流れで、ご飯前にやってしまうのがコツ。
まさに「朝飯前」です。

できるのなら、この「朝飯前」に、もう一こえ仕事やら勉強やらができるといいのですが、
それは今後の課題として。


それにしても、やはり、朝のお掃除はさっぱりして、いいですよ。
昔は、小学校なんかでも朝、掃除してましたよね。
ユースホステルに泊まると、やはりそうだったり。
実家にいたころは、母も朝、ぞうきんがけをしていたのを思い出します。

そういう習慣って、今一度見直したほうがいいですよね。

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by kogomi_dou | 2011-09-29 22:53 | からだのこと
暑いのは苦手なので、この頃の涼しさにほっとしています。
(いささか急な気候の変化ではありますが。)

秋になって、ようやく「からだを動かそう」という気になり、
また少し走り出しました。

約4キロを25分くらいで走っているので、
まったくのんびりペースです。
まずは、心臓に負担をかけないように、
呼吸を乱さないように走っています。

そうすると、姿勢はいいのですが、
足のスライドは、まだなかなか広くとれません。
ということなので、まださほど筋力を使っているという感じはしませんね。

10代のころは、ガツガツ走れたということは
やはり心臓の働きが強かったせいなのかなという気がします。

30、40代になると、まず心拍数と相談しつつ、
筋力は徐々につけていく(ついていく)という感じなのかなと。


こないだは、夕方涼しくなってから走ったせいか、
めずらしく信号・踏切でも歩かずに、ペースダウンをうまくとりいれながら
走ることができました。

そうすると、呼吸のリズムができてくるので、
瞑想状態のようになるんですね。

しかも、眼鏡をかけていないので、
必要以上に見えすぎないところが逆にいいのかもしれません。


まずは、この距離をもうちょっとピッチを上げて走れるようになるのが、
ささやかな目標です。

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by kogomi_dou | 2011-09-27 23:12 | からだのこと
初めて、クラニオに出会って1年。
先日、セカンドステージの講座を受講してきました。


実技を行う前に、まずは自分のからだの準備運動。
軽くからだを動かすだけでも、自分(施術者)の「流れ」もよくなります。


そして、「触れ方」のワークショップ。
これがなかなか奥深い体験でした!

相手の心地よさを思うより、自分の心地よさを優先して触れた方が、
触れられた側は、「心地よい」と思うのです。

これ、理屈でなくて、体感として。


セラピストはついつい、相手のことを考えてしまいがち。
でも、そこにフォーカスを当てすぎてはいけないんですね。

自分のスタンスを持って、自分の心地よさをまず感じること。
そして、そこから起きる変化を感じること。

これがまず必要かな、と。


2日間の講座は、いろんな新しいアプローチの仕方を学びましたが、
施術側とクライアント側と両方の役を交互にするので、
ものすごく、からだと気持ちもほぐれました!


昼食も軽めに、お茶と甘酒とごま塩・梅・てっかみそなど
胃に負担をかけないものがでていました。

消化に労力を使わないようにという配慮とのこと。


なんだか、とぎすまされた2日間でした。
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by kogomi_dou | 2011-09-25 14:28 | お手あて

拍手の意味

『天地明察』の中に、主人公・春海が、感極まってバアーンと
手を打ち鳴らすシーンが何回かでてくる。

「拍手」ってなぜするか、
神前に向かい手を打つのはなぜなのか、
あたりまえのことだけれど、この本の描写を読んでハッとした。


「左手は火足(ひたり)すなわち陽にして霊
 右手は水極(みぎ)すなわち陰にして身

拍手とは、陰陽の調和、太陽と月の交錯、霊と肉体の一体化を意味し、
火と水が交わり火水(かみ)となる。

拍手は身たる右手を下げ、霊たる左手へと打つ。
己の根本原理を霊主に定め、身従う。(以下略)」

(『天地明察』冲方丁 角川書店 2010 P116より)


手を打つという単純な行為であるけれど
大きなものとつながっているのですね。

自分だけでない、つながり。
自然とのつながり。
3次元だけでない4次元以上のつながり。


2次元からつむぎだされる文章から、とても大きな世界につながりを感じることができる。


本からはいろんなことを学んだり気づいたりします。

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by kogomi_dou | 2011-09-22 21:43 | 本やART

心に熱を

図書館で予約待ちをしていたので
今頃になって『天地明察』(冲方丁 角川書店 2010)を読み終えた。

冲方丁は「現代ものの若い作家」というイメージがあって
読んだことがなかったのだが、
知人の歴史物好きな方が、「こんなのを読んだ」を教えてくれたのがこの1冊。

江戸時代が舞台であるが、「暦」・「星」をいうキーワードだけで
惹かれてしまった。

主人公の「渋川春海」は、城内で碁を指導したりする役目を務めている。
家は代々碁打ちの家系で、亡き父「安井算哲」の名を継いではいるが、
優秀な兄の存在や、好きな算術への思いなど、なかなか今の「名」にしっくりとはなじめていない。
そのため、公務以外では自分のつけた「渋川春海」の名を用いているのだが、
その名の中に、自分のありたい道や願いが存在し、それがかろうじて彼を支えている。

そんな春海が、改暦のための北極星の位置の調査への同行を命じられる。
60歳前後の建部と伊藤の嬉々として北極星の位置をそろばんで予測する姿や
彼らの「夢」に触れて、22歳の春海は衝撃を受け、二人の願いを共にとげようと決心する。

「決心」といっても、よくわけもわからず引き受けてしまったのだが、
それが彼の長い挑戦になる。
「暦」のほかにもう一つ、算術の天才「関孝和」との挑戦もあるのだが、
気弱になったり、ひらめいたり、ともかくふらふらとしつつもその二つにこだわり続ける。

大事なところで惨敗し、泣いてくやしがり意気消沈するのだが、
なんとか周りの人に助けられつつ、立ち上がる。


一人の思いが突き進む、というのではなく、
いろんな人の思いが、一人を動かし、そして成し遂げるという物語。


星だけでなく、いろんな人の煌めきや「!」という瞬間がある作品でした。
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by kogomi_dou | 2011-09-19 21:57 | 本やART

タイパンツと丹田

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仕事用に念願のタイパンツを購入!
施術の際のユニフォームや
ストレッチ講座をするときに何かいいものはないかと思っていたのです。

写真だと色がよくでていないのですが、もう少し赤みの入った紫。

履いてみると、 「おお!結構いいじゃないですか!」


足を通して、腰の両側に余った布の部分を折り返し、
後ろ(ちょうど仙骨上部あたり)についている紐を前で結びます。
そうすると丹田あたりで紐を締めることになるんですね。

腰ひもを締めたり、袴をはいたりした時のように、背筋と気持ちがしゃんとします。

タイパンツも着物とおんなじなんですね。
アジアの文化のつながりを感じます。


せっかくなので、あと何枚か色違いで購入する予定です☆
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by kogomi_dou | 2011-09-17 11:59 | からだのこと
本日、ナチュラルストレッチ「からだを育てる連続講座」第一回目を開催してきました!

今回のテーマは「からだを知る」

人のからだに触れてみたり、ゆったりと寝そべってみたり。

決して、激しい動きではないのですが、
呼吸を使いながら動くと、アラ不思議。
最初と終った頃には、肩や背中の固さが違います。

そんなことをまずは体験していただく第1回目となりました。


「そんなに動かなくてもいいんですね」

という感想がありましたが、そうなんです。

固いところをほぐそうとすると、つい頑張ってしまいます。
頑張ると、からだはキュッとこわばってしまいます。

なので、まずはゆるめるところから。

ゆるんで呼吸が入ってくると、自然と筋肉もやわらかくなるようなのです。


今日は、まったりと少ない人数でしたが
来月・再来月も開催しますので、どうぞお越しくださいませ★


②「からだをほぐす」 10月20日(木) 10:30~12:30
③「バランスをとる」 11月17日(木) 10:30~12:30

各1500円  (新横浜 オルタナティブ生活館にて)

ご予約 → フォーラムアソシエ 045-472-7093
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by kogomi_dou | 2011-09-15 21:43 | お知らせ

見つめすぎない

昨日、クラニオセイクラルセラピーの「おさらい会」に参加してきました。

クラニオセイクラル…は、頭蓋仙骨療法とも呼ばれ、頭~背骨(~仙骨)に流れている脳脊髄液というもののリズムを感じつつ行うセラピーです。

と書いてしまうと、なんだかよくわからないのですが、
人間には心臓の拍動のほかにも、体の中を流れる液体のリズムがあり、
それに寄り添い、乱れたリズムを穏やかなものになるよう手を添えて見守ろう、というもの。

それはあたかも、怒りに震えていたり、泣き叫んだりする子どもの背にそっと手を置くように、です。


セラピストだけでなく、助産師さんや一般の方も参加される「おさらい会」。
今回は、それぞれ2枚のカードを引いて、それをみながら自己紹介を行いました。

私が引いたカードは、四方の枠に「習慣(クセ)」とかかれたカードと
空と海と砂浜があり、遠くに1本の木が描いてある絵。

ここのところ、(また?)「そろそろ変えていかないといけないかな」と思い始め、
少しずついろんな試みをしているところ。
それが「習慣(くせ)」からの脱却を図っているということなのかな、と。

そして、最近海に潜りにいっていませんが、
海に行くと自分のからだがリセットさせてニュートラルになります。
そんな状況も今つくりだしたいのかな、とも思っています。

空も海も砂浜もいろんな形を変えます。
おそらく、ひとつの形でなくてもいいのかもしれません。
そしてその向こうに見える木が、「指標」となるものなのかもしれません。


なんかいろいろこじつければ出てきそうですが、
絵と文字を見ながらつらつらしゃべると、思いもよらない言葉が出てきて面白かったです。
知らないうちに自分の内側とアクセスしてしまうというか。


そんな風に始まった「おさらい会」。
今回のテーマは、「手だけでなく全体で感じる」ということ。

見つめすぎると、その部分は固くなってしまうそうです。
からだも、自分が抱えている問題なども。

たとえば、
「いつも自分はどんな歩き方をしているかしら?」
って考えただけで、変な歩き方になってしまったり、

運転などで「あっちは危なそうだな」
と思うと、そっちに近づいて行ってしまったり。

余計に緊張して、そこから目が離せなくなってしまう。
そうすると不自然な偏りが出てきてしまいます。


なるべく、自分の力を抜いて、さらりと受け止めるように。


そうしたら、施術する側になった時にとても気持ちいいし、
自分のこわばりも大分抜けてきました。

受ける側になってみると、
ゆったりと身をゆだね、まさに自分の中の水がちゃぷちゃぷと揺さぶられるような
心地よさで深く眠ることができました。


「学ぶ」場ではありますが、いつも心地よい空気が流れていて、
場の雰囲気もからだとこころに影響すると感じます。


ここのところ目がとても痛かったのですが、
これも「見つめすぎていた」せいですね、きっと。

ふわっと、さらっと、そんな風でいいのかもしれませんね。
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by kogomi_dou | 2011-09-14 10:18 | お手あて
ナチュラル・ストレッチ 「からだを育てる連続講座」を行います!

①「からだを知る」 9/15(木)10:30~12:30
②「からだをほぐす」 10/20(木)10:30~12:30
③「バランスをとる」 11/17(木)10:30~12:30

自分で自分のからだを知るのが、心地よく暮らすための第一歩。
からだを動かしたことがなくても、苦手でもOK。
呼吸を使ったストレッチで少しずつからだをほぐして、
「流れのよいからだ」をめざします!

@新横浜オルタナティブ生活館
 予約→フォーラムアソシエ(045-472-7093)

受講料 3回連続4000円(単発の場合は1回1500円)


お誘いあわせの上、いらしてくださいね☆
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by kogomi_dou | 2011-09-11 10:21 | お知らせ

腑分けする

村上春樹のインタビュー集『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』(文芸春秋 2010)を読み終えました。

1997~2009に国内外で行われたインタビュー。
個々のインタビューにつけられたタイトルもまたよい。
インタビューの中の発言の中からつけられているのだけれど
それだけでも「なるほど」と思わせるものがあります。


表題もそうなのですが

「何かを人に呑み込ませようとするとき、あなたはとびっきり親切にならなくてはならない」

とか

「恐怖をくぐり抜けなければ本当の成長はありません」

とか

「夢の中から責任は始まる」

とか。



インタビューは、作品についてのほか、短編・長編をどのように書いているかなどにも触れられています。その中で、短編は長編にむけてのトレーニングであり、いろんな方法を試す場所でもあるというのが印象的です。短編では、細かい筋肉や技術をチェックする役割がそこにあり、それを踏まえて長編へと向かうという緻密さ。それによってしっかりとした骨格の作品が仕上がっているのですね。イメージやアイデアだけでは、強弱がでやすい部分をそういった方法が安定した強さを培っているのだと感じました。


そして、本の中で何度か出てくる「腑分け」する、という言葉。

この言葉、こないだ読んだ『獣の奏者』にもでてきていました。
こちらでは、一斉に死んだ闘蛇の死因を突き止めるためにエリンが行った行為。
解剖を行い、なにが起こっているのかを突き止め、なぜ起こったのかを探っていきます。


『夢を見るために~』での「腑分け」はもちろん解剖とは異なりますが、
中身をとりだして、分け、なにがどのようになっているかをつぶさに見る、ということに
つながります。

「仕分け」でなく「腑分け」という言葉なのは、
やはり「表にはでてこないけれど、重要な役割をしているもの」だからなのだと思います。


村上春樹作品でよく出てくる「井戸」や「闇」のように、
そこに入り込んで、感じ、なにかを触り、つかまないと明るい場所へもどれないということ。


かくされているものは、常に明るいところにでる必要はない。
しかし、時にそれを探ってみないことには「何が起こっているのか」わからないこともあるし、
次に進めないこともある、ということなのでしょう。

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by kogomi_dou | 2011-09-08 10:41 | 本やART